地球温暖化防止講演会
「―地球温暖化と雪環境を科学する―」
講師:日本地理学会会長 野上道男
日時:2002/9/25 pm2〜3:30
場所:石川県文教会館4F会議室
主催:社団法人いしかわ環境パートナーシップ県民会議
略歴など:1937年(昭和12年)新潟県生まれ。日本大学文理学部教授(東京都立大学名誉教授).日本地理学会会長、日本学術会議会員。専門分野は、自然地理学。
内容の概要:講演会の様子とスライド
雪環境を科学する
●演者は、新潟県の豪雪地帯の生まれ。「豪雪地帯」は「豪雪地帯特別措置法(1962)」で定義されている法律用語で、「特別豪雪地帯」と「豪雪地帯」がある(特別豪雪地帯とは:豪雪地帯のうち、積雪量が特に多いため交通が途絶し、住民生活に著しい支障が生じる恐れがあり、特別の施策が必要であると指定された地域)。毎年の安定した積雪は、災害ではないが、社会生活を阻害している。これを救うのが措置法の目的である。道路の建設と維持、雪に克住宅建築、観光施設整備、農業用水への融雪水の活用、公立学校への補助などについて取り決めてある。
法律に記されたデメリットのため、昔は雪のない正月を喜んだ。ところが、現在では、雪にまつわる産業(出稼ぎ→民宿等)に依存しているので雪が必要となった。平均気温が2℃あがると、魚沼地方は、雪が雨となり、250〜300mの高さにある上越地方のスキー場は全滅する。そこに住んでいる人にとって、雪か雨かは重大問題である。統計的には、地上気温が0度で雪、5度で雨になる。ちょっとの変化で雪になったり、雨になったりする。山の麓の地表で2度とすると、+300mの山の上では約0度である(100mで0.6度低下)であるので雪であるが、山の麓の地表ではみぞれか雨となる。だいたいにおいて、地表の日平均気温1.5度以下では雪となる。降った時の雪の比重0.1、湿った時、0.3〜0.4くらい。
温暖化により、豪雪地帯特別措置法(1962)でいうマイナスがなくなり、雪国はプラスである。しかし、雪にまつわる産業はマイナスになり、被害が発生する。
●降雪分布について、世界的にも日本でも、降水を降雨か降雪か区別したデータはない。しかし日平均気温2℃くらいで雪か雨かが分かれる。地球温暖化で降雪は降雨に変わる。積雪量も大幅に減少する。
今世紀半ば頃には、気温が2℃上昇するといわれている。その影響は降雪・融雪、すなわち積雪に直接影響する。
気温2℃上昇時の降雪量・融雪量を計算し、積雪量はどれくらい減少するか、あるいは根雪期間はどのように変わるか、を提示する(スクリーンで説明。省略。)。
●平均気温が2度程度、温暖化すると、「利雪」(積雪はいわばダムである。雨は1〜2日で流出するが、積雪はゆっくり融けて流出し、ダムと同じ働きをする。雪国は水資源に恵まれている。)を除けば、温暖化のメリットは大きい。田植え・稲刈りなどの農業暦はどのように変わるのか。金沢の気温は静岡、和歌山、福岡くらいに、酒田や仙台の気温が金沢くらいになる。金沢では半月くらい、田植え、稲刈りの時期が早まる。台風の被害を受けにくくなり、収穫が増える。九州・四国で那覇のような気温になるところはない。日本では熱帯性の伝染病の心配もない。冷静にチェックすると温暖化のデメリットはあまり無い。
一方、気候が寒冷化したときは、身近な生活レベルでは重大な悪影響が現れる。江戸時代中期(天明期など)は寒冷な時代(1.5-2.0℃くらい低温)で冷害による飢饉が頻発した。
温暖化の影響に関する検証
●温暖化で極地の氷は融けて海面上昇の原因となるか?
北極海の氷は浮いている。融けても海面上昇はゼロである。南極に気温0度に近い氷はない。南極では夏でも気温が−10℃以下なので、2℃くらいの温暖化では氷河は融けず、海面上昇の原因とはならない。5度くらいの温暖化では融けない。結論は、海面上昇の原因とは成らない。海面上昇の原因は、海水の膨張、山岳氷河の融解であり、内陸湖沼水、地下水の増減は不明である。山岳氷河の分は大した量にならない。ダムによって人間がつくった水の方が氷河よりも多い。
●農業への悪影響とは?
前提によって評価は異なる。作付け品種、時期、技術、市場は不変として、「適地適作」が行われるとすると、良いことも悪いこともある。米がほんのわずかしか穫れなかった十勝平野では、気温2度の上昇で全域で穫れるようになる。春、秋の月平均気温が4〜5度に変わる。九州では二期作ができる。
●温暖化の生態系への影響とは?
現生態系は気候に適応している。しかし、現生態系を人間は土地利用で分断している。したがって、生態系は気候変化に「適応」することが難しくなっている。移動できないので季節変化にも対応できない。数十万年単位の生物進化の過程では移動して環境に適応してきた。ナショナリズムという国家による地域の分断、つまり、 国境というバリアーは、国際的な移動性を考えると「悪」である。
●エネルギー問題とは?
CO2を出すエネルギーには、石炭、石油、天然ガス、バイオマス、メタンハイドレートなどがある。CO2と深海に閉じこめようとする技術開発をしているが、深海からメタンハイドレートを取り出そうとしているのでは、何をやっているのかわからない。局地的な都市・工場地帯での大量消費が、地域環境悪化を引き起こしている。地域環境悪化とは、CO2を出すエネルギーの副産物である「窒素や硫黄の酸化物/微粒子」→大気汚染を引き起こし、「廃熱」→都市気候(温暖化)を引き起こす。物質の大量消費によって大気・水質・土壌が汚染される。CO2を出さないエネルギーとは、水力、風力、太陽熱、地熱、潮汐、原子力など。
●温暖化はそれが自然要因によるものであればエネルギーの節約になるという逆説。中緯度に位置する先進国では冷房より暖房にエネルギーを多く使っている。熱帯の途上国では冷房の普及率は低いからである。地球全体として、温暖化はエネルギー消費量の減少の方向に進む。
日本の家庭では、冷房よりも暖房によるエネルギー消費が大きい。また、農業ではビニールハウスでエネルギーを消費している。温暖化により、エネルギー消費が減少する。
●森林をCO2の吸収源と考えることには注意が必要である。若い樹木はCO2を吸収する。日本の戦後の若い森は吸収する。しかし、200年くらい経つと成熟した森になり、平衡状態になる。吸収量と排出量が同じになる。
●地球温暖化について、国際的な会議が行われているが、技術的科学的な議論と言うよりも、政治的な議論が主として行われている。今までのような人間活動を続けていくことが出来ないことは明らかで、将来に向かい、どのようにするべきか議論するのは有意義ではある。地球温暖化問題とはいったい何であるのか、人類は次世代の人類のために、どのように環境と関わるべきかという倫理的な側面からもこの問題を再考しなければならない。
●地球温暖化問題の行きつく先は、つぎの3点に要約できる。
1. 化石燃料依存を続けるか
量的には自然エネルギーによる発電量はわずかであるので、実質的には原子力発電を推進するかに帰着するのではないか?
2. 物質・エネルギーを大量に消費する人間活動を続けるのか
物質・エネルギーを大量に消費する発展型社会から、3Rで象徴される持続型社会への移行が必要である。
3. ものの豊かさから、こころの豊かさへという価値観の転換が必要である
感想:
政治的な議論と科学的な議論を分けて考えることを改めて教えられた。地球温暖化問題の一つ、一つが科学的には誤解されている面があり、科学者、技術者が本質を正確に知っていることの重要性を再認識した。
現在の人口、生活レベルを維持しながら、無理なく、物質・エネルギーの浪費しない社会に移行するためには、どんなに工夫をしても、化石燃料でなければ原子力発電の力を借りなければ不可能であるというのが結論の一つである。
現在の供給と需要の量を冷静に分析するとこうなるのであろう。問題は、消費側が、現在の生活レベルを維持しながら、どこまでエネルギーを減少させることが出来るのかである。例えば、缶ジュースの自動販売機を全廃しても、別の手段で入手できるので生活レベルはほとんど変わらない。自動販売機2台で住宅1戸分のエネルギーを消費すると言われているので、日本中の自動販売機を撤廃すれば、原子力発電を何基分も節約できるだろう。科学者が苦手な社会科学的な手法による、消費側の需要の分析についての言及が抜けているので、最後の結論、原子力発電に依存せざるを得ないということに対して、説得力が欠ける。
平成14年9月25日
中 登史紀