辰巳ダムの地すべり対策について
―最も懸念される地すべり対策がなされていない―

 
 (はじめに)
 辰巳ダムは昭和50年(1975)に調査に着手され、紆余曲折があって、平成20年(2008)に本体着工がなされ、平成23年7月(2011)にダム本体が完成している。石川県は、犀川の治水のために辰巳ダム案が代替案に対して経済的に安価にできると主張して、決定に際して学識経験者の意見を聞き、お墨付きをもらっている。この際に、超大規模地すべり地の懸念があったにもかかわらず、地すべりに関する情報は提供せず、議論がなされないままに終わっている。地すべり対策費用は数十億円から、場合によっては数百億円もかかることがあり、この要素を入れて検討するか否かで結論が大きく異なることがある。
 辰巳ダムによって形成される辰巳ダム湖の中間付近に日本有数の鴛原超大規模地すべり地が位置している。石川県は昭和63年(1988年の報告書に記載)から認識している。そして、その対岸の瀬領集落にも地すべりの可能性が専門家から指摘されている。これらの対策費用を勘案すれば、石川県が示した比較検討の俎上でもダムが経済的に安価とならないのである。
ところが、石川県は一貫して地すべり対策が必要であってもダム本体工事に伴う付帯工事等の費用に収まる程度であり、特別に計上する必要はないとしてきた。その根拠はつぎのようなものである。
ダムによって湛水すると、ダム湖に接する斜面は水を含み不安定化する。この不安定化の度合いが5%未満ならば地すべり対策工は要らないという国交省お墨付きの指針がある。全国の事例を調べてこの程度ならほとんど起こらないという調査結果から決められたものである。鴛原超大規模地すべり地の安定計算では、この5%未満に収まるので、対策工は不要であるというものである。また、対岸の瀬領地区については、過去に地すべりが起きた形跡はなく、今後も起こる可能性はないと断定している。(これに対する筆者らの反論と概略図
石川県は辰巳ダム湖周辺の地質の調査をして、地すべり対策工が必要なところを4カ所あげているが、いずれも小規模であり、比較的簡単な方法で対処してそれほどの費用はかからない。
当初に計上した費用と途中で見直した変更後の費用はつぎのとおりである。

(当初地すべり対策費用と変更後の費用)
辰巳ダム建設事業費変更内訳明細書」によれば、当初の地すべり対策費用は、10百万円、変更後の費用は、100百万円となっている。理由は、「治水ダムに変更したことに伴い、貯水位変動の増加、並びに地質調査結果に伴う地すべり対策工の強化」となっている。地すべり対策工費用としての額の大きさはいずれにしてもわずかなもので、少し余裕を見ておこうという程度である。

(実施された地すべり対策)
 実際に実施された地すべり対策は、ダム堤体の直上流の右岸と左岸の地すべりブロックに対して抑え盛土工がなされた。地すべりブロックの下端部に土砂を積み上げて土砂の重みですべり出しを抑えようとするものである。堤体のところで発生した掘削土を運搬して敷き均し、締め固めをしている。右岸で約7万立方メートル、左岸で約8万立方メートルである。石川県が発注に際して作成した設計書の中では、地すべり対策工として計上されず、建設発生土処理工の中に含めて計算されている。地すべり対策の抑え盛土工として抜き出した費用は、運搬は掘削の一部として計上しないで、敷き均しと締め固めの費用とすると別紙1のとおり32百万円となる。
 他に地すべりの端緒となるかもしれない斜面崩壊を防止するために行われている斜面安定対策工は4億6千万円となっている(別紙3)。これは、間接的に地すべり対策に寄与しているので一部、地すべり対策工といえるかもしれない。いずれにしても、辰巳ダム建設総事業費240億円(別紙2)のほんの一部であるので、ダム案の是非を左右する額ではない。

(最も懸念される地すべり対策はなされていない)
辰巳ダム湖の貯水量にも匹敵する規模の鴛原超大規模地すべり地については、監視はするが、対策されない。その対岸の瀬領集落の地すべりについては監視もなされない。鴛原超大規模地すべり地については、過去に地すべりを起こした形跡のある本物の地すべりブロックであるにもかかわらず、対策がなされない理由は前述のとおりである。
安全率の低下が5%未満であれば、地すべりが起こらないということではない。ほとんど起こらないだろうから対策工はいらないというだけのことである。原発の「全電源喪失」例を思い出させる。ほとんど起こらないといっても起こる場合があり、起こったら大変な被害が起きるのである。

(対策工はとるべき)
 常識的に考えれば、安全率が低下した分は、対策工を取って安全率をもとの状態に引き上げるべきではないかと思われるがそうはされていない。元京都大学防災研究所の奥西先生は安全率低下した分を回復させなければいけない、特に大規模で深いすべり面を持つ土塊ブロックは動き出したら止めることはできないのであらかじめ対策をしておくべきと主張される。

(ダム案は経済的な案ではない)
 もし対策工をとるとすれば、地すべり対策工費用はどの程度になるのだろうか。
 石川県が比較検討過程で示した鴛原超大規模地すべり対策工の一例では、27億円と試算している。数十億円規模の地すべり対策費をカウントすれば、石川県の示した比較検討でもダム案は経済的で安価な案とはならない。これを無視してダム案を採用してしまった結果、われわれは未来永劫つぎのようなリスクを抱え込むことになった。

(治水のためのダムが最悪の洪水の原因になるリスク)
 斜面が最も不安定化するのは、100年に1回などと表現される豪雨の際である。ダム湖は満水状態になり、斜面は降雨とダム湖から浸透する水で湿潤して不安定の極限に達する。その時に崩壊が起これば、ダム湖に大量の土砂が一気になだれ込み、ダム津波が発生する。ダムを超えて犀川本流を大洪水が流れ下ることになる。洪水防止のためのダムが洪水発生装置になるのである。本来、なすべき地すべり対策を取らないことでこのようなリスクを抱え込むことになったのである。 

(追伸)
 辰巳ダム本体は今年の7月に完成している。ダム湖を満水にする「試験湛水」が来年の1月から実施される予定のようであるが、3月ころに満水となり、斜面は当面の最も不安定な状態になる。注視するべき時期が迫っている。
2011.11.18,中記

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