東京都砧浄水場の緩速ろ過施設の見学記
期日: 平成14年1月28日(月)午後1時〜3時
場所: 東京都水道局砧(きぬた)浄水場(世田谷区、狛江市との境)
小田急線「和泉多摩川」駅から約2km、バスで砧浄水場前下車
案内者:大原砧浄水場長(専門は水質)
見学者:中 登史紀
砧浄水場の全景
砧浄水場の配置図
内容:大原場長より、砧および砧下浄水場の概要、技術的な問題点等について懇切な説明をいただいた。
一般事項
所在地:〒157-0067 世田谷区喜多見2-9-1
電話:03-3416-2175 fax:03-3416-0114
敷地面積:10.3ha
使用開始:昭和3年
施設能力:日量11.45万m3
浄水方式:緩速ろ過
主要施設:
緩速ろ過池6池(総計有効面積16,140m2)
1池あたり有効面積2,690m2(60.6m x 45.5m x 深さ3m、ろ床厚1,500mm、ろ過速度8.5m/day)
配水池2池(総容量19,000m3)
1池あたり容量9,500m3(54.6m x 54.6m x 高さ5.4m)
給水区域:世田谷区の一部
浄水量
東京都の浄水供給能力は現在、全体で日量約700万m3である。この内、緩速ろ過施設は、境(31.5万m3)、砧(11.5万m3)、砧下(7万m3)の合計50万m3で全体に対して約7%である。
実際の給水量は、全体で日量約500万m3である。砧と砧下は、両方で日量約7万m3である。
砧、砧下浄水場の歴史
砧浄水場は、昭和3年に荒玉水道町村組合(荒川と玉川の省略)がつくり、昭和7年に東京市が引き継いだ。約70年経過している。砧下浄水場は、大正12年に渋谷町営水道がつくり、昭和7年に東京市が引き継いだ。約80年経過している。
原水の取水
多摩川の河川敷に埋設した2系統の集水埋管で伏流水を取水していたが、洪水などが原因で河床が洗われ、埋管が洗い出されたり、閉塞するなどの損傷があり、取水量が年々減少した。そのため、補完するための施設として、立型集水井(満州井戸)が3箇所設置された。現在では、集水埋管からの取水は止め、立型集水井だけから、伏流水を取水している。1本の井戸から取水できるのは最大約2万m3/日弱である。現在は、3本で約4万m3を取水している。洪水などで濁ることはあるが、平常は澄み切っている。
集水埋設管のみよる伏流水の取水→多摩川の水質悪化に伴う取水の悪化および集水埋設管の障害による取水量の減少(集水埋設管のみで日量十数万トン取水していたが、取水量が半減した。)→不足を補うために立型集水井を3本設置して約4万トンを取水。→その後、集水埋設管からの取水がさらに減少し、取水を中止。現在は、立型集水井による日量約4万トンの取水のみ。
立型集水井(満州井戸)
井戸の外形7.8m、深さ約24m。集水管(φ89mm、l=10.5m)が周囲にn=60本(1段20本で3段配置)が配置されている。取水量は日量2万m3弱である。世界のすべての大陸で水の心配がいらなくなるという意味で、開発者が「満州井戸」と名付けたとのことである。
砧浄水場の緩速ろ過施設の現状
6池のうち、5池が稼働。1池は池の改修のために、空になっていた。
遮光ネットを張った緩速ろ過池
左が改良型の遮光ネット、右が従来型の遮光ネット
空にした緩速ろ過池
維持管理要員
砧、砧下浄水場あわせて、83名(職員73、嘱託10)である。管理室は3交代勤務体制で5班構成である。2箇所の浄水場で30人となる。各分野の技術職員、事務職員などが約50名である。
砂の削り取り作業
月に2回の削り取りの作業をしたときもある。緩速ろ過池の管理で、この作業に最も人手がかかる。しかし、維持管理の改良や工夫の結果、現在、砂の削り取りは100日に1回くらいである。削り取りの作業は、外部へ委託している。1池(2,690m2)あたりのおおよその委託費用は、約100万円である。作業に2日、要する。現在のところ、機械による削り取りの作業は考えていない。
砂削り取り後の生物膜の復旧について
濁度、一般細菌などがインジケーターである。池流出水を高感度濁度計で観察し、判断している(例えば、0.1→0.01)。3日から1週間で生物膜が回復する。捨て水を止める。
クリプト問題がおきてから、維持管理に関する考えあるいは対応が変化した。表流水を取水源にしているところは特に配慮が必要だろう。野生動物や家畜などに起因するので、人為的な汚染がほとんど無いと考えられる水源であっても警戒は必要である。中小規模の施設の管理が問題である。緩速ろ過を適切に運転すれば、2log〜3log(99%〜99.9%)除去できる。膜処理では、4log〜6logのレベルであり、信頼性が高い。
砂の打ってがえし
補砂の際は、必ず、打ってがえしを行う。下に新しい砂を入れる。
緩速ろ過の問題点
生物の漏洩が心配である。急速ろ過と異なり、ろ過池の中に生物を繁殖させて浄水処理を行う方法であるから、この点の配慮が必要となる。
藻類の発生とこれに伴うユスリカ発生によるトラブル
昭和50年〜昭和60年ころ、ろ過池で藻類が大発生した。これを餌とするのか、ユスリカも繁殖し、大量の成虫が蚊柱をつくる(刺さない。)ので周辺の住民に被害をもたらした。対策のため、ろ過池へ塩素を投入したり、殺虫灯を設置したりした。また、ライフサイクルを調べたところ、2週間くらいで孵化することがわかったので、ユスリカ対策として2週間に1回の割合で砂の削り取りをしたこともあった。それまでは、藻類の発生などで閉塞することもあり、30日に1回程度の砂の削り取りを行っていた。
ユスリカの餌と考えられる、藻類の繁殖を抑える対策をすれば、ユスリカの発生を抑えることができるのではないかと考え、平成に入ってから、光を抑える「遮光ネット」を採用することにした。わさび栽培の時に、日光を制限するときに利用していたネットである。これにより、藻類の発生がほとんど無くなり、その結果、ユスリカの発生も相当に抑えることができるようになった。平成7年からは、全部の池に遮光ネットを設置するようになった。
藻類の大繁殖によるろ過池の閉塞がなくなり、もともと原水の濁度がほとんどないので、ろ過池は閉塞しにくい。現在、砂の削り取りは100日に1回くらいである。
ヨコエビの発生
遮光ネットを張り、藻類の発生を抑えることにより、これを餌としていたのではないかと考えたユスリカの発生を抑えることができた。そして、砂の削り取りも100日に一回程度ですむようになった。ところが、今度は、ヨコエビが発生するようになった。
透明の小さなプラスチックの水槽の中のヨコエビを見せてもらった。体長5mmくらいのエビである。我々が大量に食べているオキアミの透明なもので食べるとおいしそうな奴である。食べても害はないだろう。
ろ過池に潜るので、砂の削り取りをしても除去できない。調査したところ、ろ過開始から、約70日を経過した頃から、急激に増加する。そのため、砂の削り取りを100日に1回から、50日に1回に変更した時期もある。砂の削り取り作業の際に、池に塩素水をはることでヨコエビを駆除する方法をとったところ、問題は解決した。池の出口に設置した「観測ネット」(1池ごとに10日に1回観測)で捕獲したヨコエビが、塩素対策を施した池で26万から1万に激減した。
鉄・マンガンに関するトラブル
原水のマンガン濃度は約0.03mg/l程度である。ろ過した水を塩素消毒して、配水池に貯留しているが、この間にマンガンと塩素が反応する。空にした配水池を見ると、壁にベットリ、酸化マンガンが付着している。サンプリング管もつまる。何とかしたいと考えている。配水管内を通じたトラブルは無い。マンガンの問題はそんなに大きくないと考えている。鉄管の錆の方が問題かもしれない。また、給水は、長沢浄水場(急速ろ過で除鉄、除マンガンしている。)から来る日量約2万トンの水とブレンドしてあわせて6-7万トンとしている。
高度処理(オゾン+活性炭)の位置
大阪方式と東京方式の違いがある。ろ過池の前に置く方式が「東京方式」であり、ろ過池の後に置く方式が「大阪方式」である。東京方式は、生物の漏洩に強く配慮したためである。朝霞浄水場の改良では2段ろ過方式をとり、ろ過池の後で高度処理をし、さらに後ろ過をする。
水利権の確保
砧の浄水能力/水利権は日量11.45万トンあるが、取水施設の能力などから、常時日量約4万トン程度の浄水量である。現在の浄水量が少なく、東京都全体の浄水量に対する比重が小さいからといって重要性がすくないわけではない。渇水に備え、安定供給する意味から、昭和45年(1970)に休止した玉川浄水場も含めて、水利権を確保しておく必要があると考えられている。
浄水方式について
砧の浄水方式については、取水の制約があるので急速ろ過への移行は考えられない。考えられるとしたら、緩速ろ過と膜処理のいずれかの選択だろう。
膜処理について
膜処理の特徴は、中小規模の施設に適合しており、すでに日本で約300箇所の施設に導入されている。最大規模の施設は日量約15,000m3のものである。面積が少ないてよい。機械的にやってくれるので、技術者がいらない。ランニングコストが少なくて済む。短所は、イニシャルコストがかかり、スケールメリットが働かない。膜の寿命が問題で、定期的に取り替える必要がある。
発生汚泥の処置
従来は、天日乾燥をしていた。藻類が大量に発生していたときには、天日乾燥時に悪臭が発生し、周辺の住民から苦情がでていた。現在では、藻類の発生もなく、伏流水取水のため、土砂類の混入も少ないので、汚泥はあまり発生しない。そのため、沈殿池で、わずかに発生する汚泥はバキューム車で多摩川浄水場へ移送している。
震災対策
現在、砧浄水場の管理棟兼浄水ポンプ場を建設中である。耐震診断の結果、必要と判断されたものである。砧下浄水場の改築については、未定である。緩速ろ過池については、砧、砧下のいずれも、壁厚が厚く、しっかりしているので、耐震対策は不要であると判断された。写真で見られるように、レンガづくりである。
砧下浄水場の全景
以上、大原場長の話と頂いたパンフレットからまとめたものであるが、こちらの理解が不十分な点、あるいは誤解についての文責はすべて筆者の中登史紀にある。ご指摘をいただければありがたい。