金沢の洪水を考える 28
by Toshiki NAKA
基本高水のカバー率は100%ではなく、正しくは50%である!
――河川整備計画のもととなる基本高水流量を決める際のカバー率について――
大熊新潟大学教授は、「世界」2004.10で日本の多くの河川で治水計画が行き詰まっているのは、基本高水流量が過大であるためであり、その理由はカバー率100%としているからであると指摘した。これに対して、長 元信州大学教授は、カバー率100%が当然であると反論した。統計的には50%が正解値である。50%と100%の違いを、石川県の犀川の例にあてはめると、前者では治水ダムが不要になる、後者では既存の2ダムに加えて新規の治水ダムが必要となり、合計3カ所のダムが必要となる。このカバー率の違いは、犀川においてダム3個分に相当する。当方の主張は前者である。石川県の主張は後者である。有史以来発生したことのない過大な基本高水流量の根拠となる、カバー率について、筆者の意見を述べる。 大熊新潟大学教授の論文「世界」2004.10 長 元信州大学教授の反論「大熊孝教授の月刊誌「世界」10月号掲載文について(2004.10.15,18,20,21)」 http://www.avis.ne.jp/~cho/ooku.html |
(治水問題解決のキー?) 筆者は、10年来、犀川で計画されている辰巳ダム問題を石川県と議論してきた結果、「基本高水流量」(計画洪水量)を決める際のカバー率が最も重要なポイントの一つであることがわかった。極端に言えば、これで治水問題がすべて解決する。 (治水問題解決のキー?) 犀川の辰巳ダムの例をあげる。基本高水流量の候補が24個あり、547m3/秒から1741m3/秒までばらついている。カバー率を50%とすれば、938m3/秒、カバー率を100%とすれば1741m3/秒となり、約2倍程度異なり、差は803m3/秒である。数値ではその違いがわかりにくいが、治水ダムの数で考えるとその違いの大きさがわかる。1741m3/秒とすれば、既存の2ダムの他に、計画中の辰巳ダムを含めて、3ダム必要となる。一方、938m3/秒とすれば、辰巳ダムが必要ない上、既存の2ダムも不要となる。 (違いはダム3個!) カバー率の取り方でこれほど、違うのである。いずれも100年確率洪水である。前者では、3ダムがなければ100年確率の洪水に対して住民の生命と財産を守れない、片や、後者は、1つのダムがなくとも、100年確率の洪水に対して住民の生命と財産を守れるのである。 前者の主張は、石川県である。後者の主張は、筆者である。読者は、筆者の主張は、過小で心配だ、仮に県の主張には無理があったとしても、安全であればいいではないか、できるなら県の主張を支持したいと思われるだろう。ところが、筆者の主張には、有力な根拠がある。 (過去100年間に発生した最大規模の洪水はカバー率50%値の規模) 20世紀の100年間の洪水量を調べたのである。なんと、最大規模の洪水が800m3/秒前後なのである。カバー率50%の数値に相当する。現在、石川県に対して、県の主張する基本高水流量は過大で、100年確率どころか、有史以来発生したことのないような流量である、その原因はカバー率100%にしたからだ、と問題提起している。 (県はカバー率の考えによっていないと回答) 議論の末、最終的に、県はホームページ上(2004年1月ころにアップ)でつぎのように答えた。「いわゆる『カバー率』を用いて計画を決定したのではありません。」、「起こりえると考えられる24の降雨パターンに絞り、これらによるピーク流量群の中で、最も大きい1,750m3/sを基本高水のピーク流量として決定し計画を立てています。」また、県の委嘱した学識経験者による専門部会の回答では、 「すでに棄却によって異常値を除いているので、カバーすべきところは棄却した残りの降雨の最大のもので、これを採用するのは当然と判断した。」と述べている。 (結果的に100%をカバーした) つまり、石川県の考えは、「統計的な意味でのカバー率を用いて計画をしておらず、起こりえると考えられる24個を選び、そのうちの最大値を選んだ、結果的に100%をカバーしたことになった」というわけである。「起こりえる」と考えたところが、誤りであるがその説明は後記する。 (カバー率は誤差を排除するための統計手法) 基本高水流量を決定する際に統計のカバー率の考えを持ち込まれているのは、複数の候補群から、大きすぎるもの、小さすぎるものを排除して、誤差の最も小さい数値を求めるためである。流量の頻度分布曲線を描いてその中央値を選択すれば求める数値である。統計的には、カバー率50%が求める数値であり、カバー率100%となる最大値は最も誤差の大きい、ありそうにない数値である。 (カバー率50%の意味) 統計のカバー率50%の意味は、つぎのようなものである。 川の流量を測ることに例えてみよう。川の断面の流速は一様ではない、各部分の代表的な流速を測り、それぞれの断面積を掛けて部分流量を計算し、総計して流量を算出する。複数回、同じ事を繰り返し、流量計測値を集める。大きすぎるもの、小さすぎるものを排除するために、大きいものから順にならべ中央値を取る。カバー率50%で計測値を求めたことになる。 (基本高水のカバー率の議論) さて、この拙文をまとめたのは、「基本高水のカバー率」について議論になっているからである。大熊孝新潟大学教授は、「脱ダムを阻む基本高水」世界2004.10で、日本の多くの河川で治水の基本となる基本高水流量が過大になっている、その原因はカバー率を大きく取りすぎたためであると主張し、「日本のほとんどの河川で、基本高水を決定する際にカバー率を100%にした結果100年たっても完結しない治水計画だらけになってしまった」と述べている。 これに対して、長 尚元信州大学教授は、ご自身のHP上で「大熊孝教授の月刊誌世界10月号掲載文について」と題して、基本高水流量はカバー率100%とするべきであるとの反論を載せておられる。いわく、「前提としている確率年の降雨で、十分あり得ると判断されれば、カバー率100%とするのが至極当然なのである。」 (十分あり得ると判断の意味はわからず) この「十分あり得る」場合の意味であるが、この論文の中ではこの内容を見つけることができなかった。過去に発生した降雨波形が、将来の降雨においても同じ降雨波形の降雨があるかもしれない、十分あり得ると考えているのであれば、誤りである。自然現象はランダムであり、同じ現象が同じように発生すると思えないからである。 (100%とするのが当然の理由不明) この論文で、「データ不足で不確か」、「極端だと判断されるものは既に棄却されている」、「昨今の降雨はこれまでと違ってかなり多くなってきている傾向があり、必ずしもこれまでの統計データによる解析では不十分」であり、「だから、解析結果の大きいものを棄却するのは妥当とは言えない」と主張しているが、だからといって統計的な最確値である50%値を100%値にしなければならないとはいえない。「河川砂防技術基準(案)」のただし書きにあるように「60〜80%」という数値を覆すだけの説得力はない。 (カバー率によらない決め方) 石川県の回答のように、統計的な手法であるカバー率による考えではなく、過大な水量を排除して上で、選んできた候補のうちの最大値を取ったというのであれば、一つの考えとして理解できる。 (カバー率によらない決め方の場合の確率が不明) この場合に問題となるのは、つぎのようなものである。犀川の具体例で述べる。100年確率の2日雨量314mmとし、実績降雨をこの雨量まで引き伸ばし、時間雨量などである水準以上の雨を異常値として棄却した後、24降雨波形を選択した。このうちの最大値を選択した。仮にこの24降雨波形が1/100の降雨波形のすべてをあらわし、その発生確率は同等ということにする。この2つの事象が独立していると仮定し、1/100の降雨314mmが発生し、その時に特定の1つの降雨波形が発生すると、この2つの事象が重なって起きる確率は、(1/100)×(1/24)=1/2400となる。1/100確率の降雨は、おおむね100年に1回起きる。その時に起きる雨は、特定の降雨波形だと決めることは、確率的には1/2400確率の雨を想定しているのではないか?というものである。つまり、条件を100年確率と決めておきながら、とてつもない確率の降雨を選択しているのではないか、という疑問である。 (1/100の雨が2つあるとすると、その一つを選べば1/200になる) 簡単にいうと、1/100の雨が2つあり、そのどれかを任意に選択すれば、1/200になるのではないですか? というものである。 (1/100の雨は一つである) もともと、1/100の降雨は一つである。複数あると考えたところから、間違いがスタートしている。筆者も最初は複数あると考えていた。ふつつかながら、K大学のN助教授と議論をさせて頂いたとき、先生いわく「1/100の降雨の降雨パターンは無数にある。」 後日、ふと気がついた。候補となる降雨パターンは無数にあるが、1/100の降雨パターンは一つである。言い換えると、1/100の洪水量(1/100の降雨パターンに対応する)は一つである。複数と考えるとそのうちの一つを選択すると、1/100よりも小さくならざるをえない。一つであれば、1/100のままである。 (降雨波形群の1つ1つは意味を持たない) 犀川の24の降雨波形群は1つを求めるための候補であり、その一つ一つは意味を持たない、一つ欠けようが、二つ増えようが全体にほとんど影響のない集合である。この集合から、最もありそうな数値を求める統計手法が、カバー率(50%)である。 (結論) 統計的に有効な数のサンプル(10以上)を集め、カバー率50%を求める。これが基本となる数値である。過去の出水、データの信頼度などを勘案して補足する。 平成16年10月28日 中 登史紀 追記: ただし、洪水調節ダムは、河川の堤防の整備に数十年から半世紀にわたる長期間を要することが多いので、暫定的な施設としては有効である。犀川の例では、平成10年9月に20世紀の100年の最大規模の一つと見られる洪水があった。犀川大橋地点の推定最大流量は、約842m3/秒であったが、犀川ダムで最大437m3/秒のピークをカットし、犀川大橋地点で346m3/秒に抑えられている。仮にこのピークカットがなければ、流下能力が500から800程度の未整備区間で氾濫していただろう。 |
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