内容:
ディーゼル排気ガス(DEP)が健康に与える影響

近年の大都市部の大気汚染はNO2と浮遊粒子状物質(SPM)が中心である。SPMには、4μm付近に粒径ピークを持つ粗大粒子と0.5μm付近に粒径ピークを持つ微少粒子がある。粗大粒子は土埃などが主で健康に有害な物質は少ない。一方、微少粒子にはベンツピレンやニトロアレーンなどの発ガン物質、重金属、ダイオキシン類も含まれる。ディーゼル車由来の微粒子(DEP)である。
 都の調査によると、SMP中のガソリン車由来の粒子は1.4%にすぎないが、ディーゼル車由来部分は41.3%である。車の8割がガソリン車で、2割がディーゼル車であるという。
 ディーゼル排ガス(DEP)は、重金属や発ガン物質などを多く、吸着している。肺ガン、アレルギー性鼻炎の原因であることは立証されていた。また、関節炎を悪化させたり、生殖機能にも悪影響を与えることがわかっていた。しかし、気管支喘息との因果関係については、ほとんど研究されていなかった。
 疫学調査では、NO2と気管支喘息の相関関係があることが示されていたが、実験では、立証できなかった。ところが、NO2と浮遊粒子状物質(SPM)が相関があり、SPMのディーゼル排ガス(DEP)に着目して、DEPと気管支喘息の関係を実験で調べた。マウスにDEPを気管内投与することによって気管支喘息様の病態を発現することを見いだした。また、アレルゲンとDEPを一緒に投与したら、短期間に喘息症状が発現した。
 その後、1億円の費用をかけてディーゼル排ガス装置を作り、マウスにディーゼル排ガス吸入させる実験を行った。アレルゲンと一緒にDEPを吸わせた場合だけ喘息様の病態が強く発現することを見いだした。疫学調査の結果などを総合すると、DEPはヒトの喘息の発症に強い影響を与えていると考えられる。
 これに対して、環境庁や一部の人たちは、「たかがネズミの実験ではないか」ということで無視する態度を取っている。そして、国は、米国のユーテル博士の主張(「ヒトの喘息の完全なモデルではないこと」「ヒトの症状に部分的に似ているにすぎないこと」)をもとに反論している。しかし、「人間に被害があることを立証していないからといって、因果関係がないと言えないこと」、1992年のリオ宣言の「予防原則」(Precautions Principle)に照らしても「環境への深刻あるいは不可逆的な被害が存在する場合には、完全な科学的証明がまだないことをもって、環境悪化を防止するための費用対効果の大きな対策を延期する理由として使われてはならない」のである。また、環境問題は手遅れにならないよう、「蓋然性の理論」(厳密な科学的証明が無くとも、(その研究結果が)論理的に矛盾が無く、それを覆せる反証が無ければ法的な因果関係を認める。)から判断することが妥当である。水俣病の場合も、熊本大学が有機水銀説を発表したときに、これも可能性の一つとして対策をしておれば、はるかに安く、容易に問題を小さくできたはずである。水銀−メチル水銀−魚類の汚染−人間への影響など、因果関係を証明するまでに非常に時間がかかった。証明できたときには手遅れだった水俣の経験を活かすべきである。
 年間の肺ガン死亡者数5万人の約1割は、DEP汚染によるという。自動車由来の粒子状物質(PM10:粒径が10μm以下の微粒子)が5兆円に及ぶ経済損失を及ぼしているという研究がある。

地球規模の環境問題
 地球はどうなるか?
 現在の我々の手で何とかできるのか?
 オゾン層の破壊:皮膚ガン、生態系の撹乱、CO2吸収プランクトンの死滅
 地球温暖化:気候変動、生態系の破壊、海水面の上昇、感染症の増加
 酸性雨:森林破壊、土壌の酸性化、生態系の破壊
 未来のクリーンエネルギーへ−水素が環境問題を解決する−
 自然エネルギーの活用:太陽エネルギー、風力、地熱、バイオマス
 燃料電池の可能性(開発、輸送、貯蔵):燃料電池の構造、水素改質器、水素を貯蔵する技術は日本が非常に進んでいる分野、Hを利用した後に残る膨大なCはどうなるのか?
 生物に学ぶ究極のエネルギー−水素エネルギーの未来−、まき→石炭→石油→天然ガス→燃料電池と変化してきたが、CとHの関係で見れば、Hの割合がどんどん大きくなる方向に進んでいる。CなしでHが直接、家庭で獲得できるようになれば理想だが。

感想:
 特定の工場による大気汚染問題は、四日市公害訴訟(1972)などで解決の方向に向かったが、不特定多数のディーゼル車による大気汚染問題の解決は約30年遅れてやっと解決の方向に向かいつつあることがわかった。環境庁がその抵抗勢力になっていることは、日本の環境行政の力のなさ、遅れ、後ろ向きの姿勢、生産者(メーカー)サイドの行政、護送船団方式の行政を痛感した。

平成14126
中 登史紀

3回土曜環境ミニフォーラム【大気環境保全】
「大気汚染の健康影響から未来のクリーンエネルギー」

講師:青森県立保健大学教授 嵯峨井勝
日時:2002/1/26 pm2〜4:30      
場所:石川県文教会館3F会議室

略歴など:北海道生まれ。北海道大学で薬学を専攻。56歳。ディーゼル排ガスと健康影響の研究で国内第一人者。環境庁国立環境研究所総合研究官を経て、1999年(平成11年)4月から、青森県立保健大学教授。

国立環境研究所では、約十年、ディーゼル排ガスをラットに吸わせ、影響を調べてきた。ディーゼル排気ガスが健康に与える影響を調べた研究で、大気汚染学会賞を受賞した。ぜんそく患者が国を訴えた川崎公害裁判の原告側弁護士から証人申請を受けた。被告は、氏が所属していた環境庁であったが、受諾。証言は、原告側の勝訴とその後の和解の流れを決定付けた。