辰巳ダムの費用対効果

―公共事業プロジェクトの費用便益分析事例―
劣悪プロジェクトが費用対効果21倍の超優良プロジェクトに化ける理由!

平成12年4月30日
技術士
中 登史紀

           目次

1.はじめに 
2.辰巳ダムの費用対効果は21倍? 
3.石川県河川開発課へ「質問状」を提出 
4.「石川県の回答」と「費用対効果の分母の誤謬」
5.「石川県の回答」と「費用対効果の分子の誤謬」 
5.1 想定氾濫区域の誤謬 
5.2 被害金額の過大見積り 
6.辰巳ダムは役に立たない! 
7.治水事業はすべて止めた方がよい! 

1.はじめに

無駄な公共事業の指摘が相次ぐ中で、各公共事業官庁は、やっと御輿をあげて、公共事業の費用対効果分析に取り組むようになってきた。公共事業の効率的・効果的実施のために、実際のプロジェクトにおいて分析が始められている。
地方自治法第2条13項には「地方公共団体は、その事務を処理するに当っては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」とある。中央政府のみならず、地方財政が危機的状況になってはじめて真剣な取り組みがなされるようになってきた。
  年金、介護保険、医療など、高齢化社会に向けて負担が増えることが予想される一方、中央ならびに地方の債務は600兆円(一家庭当たり約2千万円の借金)を超えている。しかも今後、この負債が加速度的に増えていくことが予想されるという。これはまるで、子供に負担をかけるだけでなく、孫のキャッシュカードを使いまくっているということであり、まことに恐ろしい状況である。
  世界全体の1/4の建設投資が日本国内で行われているといわれる。社会資本がまだまだ不足しているという掛け声や、景気刺激のために公共事業による内需拡大をという要求、米国からは景気刺激のために何でもやれという後押しで、公的債務拡大にまっしぐらといっても過言ではないだろう。
 このような状況を背景に、非効率な公共事業をふるい分けるための手法として、費用便益分析がなされるようになった。広義の費用便益分析は、効率的(少ない費用で大きい効果)、経済的(費用を安く)、有効的(役に立つか)の3つの観点に分けることができる。辰巳ダムの問題を事例として取り上げ、検討してみる。
効率的:費用に対する効果が大きいほど効率的ということになる。費用(辰巳ダム140億円)に対して効果(3千億円)であれば21倍となり、著しく効率的ということになる。狭義の費用便益分析といえるもので、本文の4,5章で取り上げる。
経済的:同じ効果をあげるために、より安い費用で達成できる方法があれば、経済的に安価になる。辰巳ダムを造らなくとも簡便な代替案があれば、経済的ということになる。本文の7章で一部、言及する。
有効的:役に立つのか、立たないのか? 辰巳ダムは金沢市民を水害から守ってくれるのか、あるいは全く役に立たないのではないかという点について、本文の6章で説明する。
 なお、費用および効果に関して、以下を前提とした。自然環境、歴史的文化遺産(辰巳用水取水口)の破壊などのマイナス効果については、検討の対象としない。将来、問題となりうる、撤去費用/自然回復費用についても費用に含めない。簡明に、費用はプロジェクトのコスト、効果は洪水被害軽減額として捉えた。

日本経済新聞 1998年8月5日



2.辰巳ダムの費用対効果は21倍?

 平成10年(1998)12月末に筆者が海外業務を終え、帰沢してみると、石川県が「辰巳ダム」に関する費用対効果を発表したことを知った。北国新聞朝刊1998.12.9には、「県側 費用対効果は21倍と主張」、北陸中日新聞朝刊1998.12.19には、「辰巳ダム 費用対効果21倍の3000億円」とある。

日本経済新聞 1999年4月2日 北国新聞 1998年12月19日

一瞬、我が目を疑った。何かの間違いではなかろうかと。もし、仮に「辰巳ダム」が石川県の説明のように21倍の投資効果をもつ事業であるならば、何をさておいても実施するべき、日本国内超優良のプロジェクトの一つであろう。筆者は、平成7年ころから「辰巳ダム」について土木工学的な検討を重ねてきたが、検討すればするほど、県の説明や回答を聞けば聞くほど、諫早湾干拓や長良川河口堰にまさるとも劣らない劣悪なプロジェクトとしか理解できないのである。これがどうして超優良プロジェクトになるのか?
新聞記事を一読しただけでも、明らかな誤りがある。費用(辰巳ダムの建設費140億円)に対して効果(洪水被害を防止する効果3,000億円)とあり、

         効果(3,000億円)
 費用対効果=―――――――――――――=21倍
         費用(140億円)

であるから、「辰巳ダム」の費用対効果は21倍であるのだと述べている。
冗談は止めてほしい! 100年確率の洪水発生に対して、金沢市街を洪水から守っているのは、犀川の治水のために営々として築かれてきた治水施設の全体のはずである。一番、最後に造られる「辰巳ダム」がすべての手柄を独り占めにして良いはずがない。イソップの寓話(蕪抜きの話)を持ち出すまでもなく、明瞭なことであろう。
既にある治水目的の「犀川ダム」および「内川ダム」についてもどのように評価しているのであろうか。さらに、治水安全度をあげる場合を想定すると、「辰巳第二ダム」はどのように評価されるのだろうか。筆者は石川県に対してその疑問をぶつけてみることにした。


3.石川県河川開発課へ「質問状」を提出
 
疑問をまとめた「質問状」(この章の末尾に添付する。)を作成した。あらかじめ石川県河川開発課へ電話連絡した上で「質問状」を持参した。話を聞くだけでは記録として残らず、話を続けても堂々巡りの議論の積み重ねに終わる恐れがあるからである。したがって、「質問状」に対しては、できる限り、書面による「回答」を求めることにしている(このような配慮をしても県からの「回答」のほとんどは具体的な根拠のないまま一般論的による、シンプルな回答がほとんどであまり役に立たないが!)。
平成10年12月28日午前、筆者は石川県河川開発課を訪れて、米田課長に「質問状」を提出した。その理由を説明し、疑問点について話をうかがった。米田課長は、この場ですぐにというわけにはいかないが、求められれば、監視委員会で説明した内容を含めて回答するということであった。筆者は納得したわけではないが、回答するという確約をもらったので、簡単な質疑の後、その場は退散することにした。
公共事業評価監視員会の機能不全
付け加えると、筆者は米田課長に対して、石川県が説明を行った「石川県公共事業評価監視委員会土木部会」(1998.12.18開催)で、21倍という費用対効果に関する、委員の質問の有無について尋ねた。これに対して課長は、特に無かった旨を答えた。21倍などはあきらかに疑わしいにもかかわらず、疑問が発せられなかったということは、委員の理解能力が欠如している、あるいは理解はしているが石川県の立場に配慮して発言しなかった、のいずれかであると筆者は推測する。いずれにしても、もともと、行政サイドから依頼され、行政サイドに理解のある委員で構成されている委員会であろうから、公正中立な判断を望むのは無理かもしれない。


平成10年12月28日

石川県土木部河川開発課長 殿

新聞報道によると
「辰巳ダム、費用対効果は21倍と主張」とあったが、誤報では。?

中 登史紀
金沢市小立野3−12−28

辰巳ダム計画に関して、平成10年7月28日に「辰巳ダム計画に関する申入れ書」という形で、質問をさせていただきましたが、その回答の状況はどのようになっているでしょうか。もし、一部でもできていれば、おうかがいしたいと思います。もし、できていなければ、いつごろ、できるのかご回答いただければ幸いです。
ところで、金沢を不在しておりまして、最近、帰沢したのですが、石川県公共事業評価監視委員会が設置され、108件の公共事業について再評価が進められているということを新聞報道で知りました。有意義で、画期的な行政側の姿勢の変化であり、そのご努力を評価するものであります。
ところが、小生の最大の関心である「辰巳ダム」に関する記事について、単純でありながら、非常に大きな疑問を持ちました。以下に疑問を持った内容を再掲します。
平成10年12月19日の北国新聞の報道では、
「治水効果が三千億円相当、建設コストが百四十億円で、費用対効果は二十一倍になるという試算を明らかにした。」
平成10年12月19日北陸中日新聞の報道では、
「費用対効果21倍の3000億円」
とありました。
もし、これが本当であるならば、これだけの費用効果の大きい事業であるならば、日本国内のプロジェクトの中でも一、二を争う、優良プロジェクトであり、何を差し置いても最優先で実施するべき事業でしょう。
 しかし、小生が20数年、技術者(エンジニア)をしてきた経験から、これは誤りではないかと直感しました。エンジニアは、いかに安価な費用で目的を達成するか、いかに費用効果が高くなるようにするか、その知恵をだすことが仕事です。1の投資で1.5倍、2倍の投資効果がでるように工夫してきました。21倍もの投資効果のあるような事業であれば、1も2もなく、評価し、賛成します。エンジニアならば、誰でもすぐにこれはおかしいと気づくはずです。
 したがって、考えられるのは、
「新聞報道が誤っている(新聞記者が石川県担当者の説明を正しく理解していない。)。」あるいは、
「新聞報道が正しければ、石川県の試算が誤っている。」
です。
 そこで、新聞記事ではなく、直接、河川開発課にうかがって、正確なところを教えていただきたいと思います。できれば、課長からお話をうかがいたいのですが、課長のご都合がつかなければどなたでも結構です。28日の月曜日の11時頃におうかがいしますのでよろしくお願いします。
疑問1)費用効果21倍が間違いでは。?
分子が3000億円、分母が140億円で21倍と計算されています。
分子である、治水効果3000億円が県の試算どおり、正確なものと仮定します。
分母である建設コストは、辰巳ダムの140億円だけでよいのでしょうか。戦後、犀川の治水のために行ってきた事業コストと、現在及び今後の、辰巳ダム以外の犀川の治水事業コストを加えたものではないのでしょうか。

疑問2)仮に辰巳ダムの費用効果が3000億円ならば、犀川ダム、内川ダムの費用効果はいくらになるのでしょうか。?

疑問3)辰巳ダムの費用効果が3000億円ならば、150年確率の第二辰巳ダムの費用効果が4000億円で、200年確率の第三辰巳ダムの費用効果が5000億円という論理が正しいことになります。これでよいのでしょうか。?



4.「石川県の回答」と「費用対効果の分母の誤謬」

市民と石川県が辰巳ダムに関して行った「第4回意見交換会」(1999.6.19開催)で、石川県は市民側に、「21倍の費用対効果」について説明した。市民側の質問と石川県の回答はつぎのとおりである。
市民側の質問:
 かりに辰巳ダム建設により洪水被害防止効果が新たに3千億円生み出されるとしても、その効果は、辰巳ダムだけでなく犀川ダムや堤防など犀川にかかるすべての治水施設によって生み出されるものであり、3千億円をすべて辰巳ダムの効果とすることは誤りであると考えます。費用対効果を算出する場合、かりに分子が3千億円として、分母を辰巳ダムの事業費140億円のみとして計算する合理的根拠について御説明ください。
石川県の回答:
 辰巳ダムだけの効果を算定するため、平成9年時点での現況河川に対して辰巳ダムの有る無しによる被害軽減効果を算出する手法をとっていることから、辰巳ダムのみの効果が約3千億円と試算されているものです。また、コストについては、このような算出方法を採っていることから、辰巳ダムの建設事業費を採用しています。

 石川県の回答を確認すると、

       効果(辰巳ダムが有る場合)   3,000億円
 費用対効果=―――――――――――――=――――――――= 21倍
        費用(辰巳ダムのコスト)   140億円

となる。石川県は辰巳ダムだけの効果を算出する手法をとっているから、効果3千億円は辰巳ダムによる効果であると主張する。この主張は滅茶苦茶な論理矛盾である。石川県の回答の「辰巳ダム」という固有名詞を、既存の治水目的の「犀川ダム」あるいは「内川ダム」に変えてみるとよくわかる。
犀川ダムだけの効果を算定するため、平成9年時点での現況河川に対して犀川ダムの有る無しによる被害軽減効果を算出する手法をとっていることから、犀川ダムのみの効果が約3千億円と試算されているものです。また、コストについては、このような算出方法を採っていることから、犀川ダムの建設事業費を採用しています。」
犀川ダムの建設事業費は、19億円である。費用対効果は158倍になる(多目的ダムであり、治水以外の目的も持っているので、実際にはより大きく数百倍になる!)。
内川ダムだけの効果を算定するため、平成9年時点での現況河川に対して内川ダムの有る無しによる被害軽減効果を算出する手法をとっていることから、内川ダムのみの効果が約3千億円と試算されているものです。また、コストについては、このような算出方法を採っていることから、内川ダムの建設事業費を採用しています。」
内川ダムの建設事業費は43億円だから、70倍になる。さらに、より治水安全度をあげるための「辰巳第二ダム」の建設事業費を200億円と想定すれば、15倍であり、これも超優良プロジェクトということになる。
このような一見、馬鹿げた論理がどうして成り立つのだろう。そして、臆面もなく、堂々と説明されても、誰も反論しないのは何故であろうか?
効果3千億円に対して辰巳ダムのみが貢献していると考えることは、それ以外の治水費用はゼロと考えていることと同じである。それ以外の治水費用がゼロであれば、当然、それ以外の治水による効果もゼロであるから、この論理は成り立つ。また、効果3千億円に対して犀川ダムのみが貢献していると考えてみよう。それ以外の内川ダム、辰巳ダムによる効果はゼロと考えることになる。いずれも同じ理屈である。時間軸のある時点を基準にそれ以前の投資はゼロと考え、その時点のプロジェクトがすべての効果に対して貢献すると考える。辰巳ダム築造時点を基準に考えると、戦後から、営々と続けてきた犀川の治水事業の投資はゼロと考える(辰巳ダム築造時点以前の事業は効果ゼロの全く無駄な公共事業となる!)。今後、さらに治水安全度をあげるための新規の辰巳第二ダムを造る場合、それまでの治水費用はゼロと考えて、辰巳第二ダムの治水効果は3千億円と評価することにするわけである。
 どうして、このような論理に陥るのか。陥る原因を考えてみよう。「民」と違い、「官」の財政は単年度主義であり、計上された予算が費やされて完了する。現在および将来の費用は計算するが、過去に費やされた費用、この場合は、犀川に投資された治水費用、つまり、治水施設資産がどれだけあって、その資産に見合う、その効果はどれだかけか、は計算されておらず、誰にもわからない。過去のことはもう終わったことで、関心もなく、わからない。つまり、ゼロと考えると一番、わかりやすい。だから、過去に造った治水施設資産をゼロと考えているのである。そのため、辰巳ダムだけの治水効果3千億円、費用対効果21倍という論理が成り立つわけである。
 つまり、費用対効果算定式の分母である費用を辰巳ダム(140億円)だけであるとする誤謬のため、劣悪プロジェクトを超優良プロジェクトと誤認するわけである。このような馬鹿げた論理から抜け出すために、石川県ダム建設室(元河川開発課)ならびに河川課は、過去に築造したすべての治水施設の費用を集計し(資産台帳を根拠に示すべし!)、これに対する治水効果を算定して、全体の費用対効果を評価するべきである。そして、早急に、石川県民に対してその説明をする義務がある。
  石川県の説明によると、現在整備中の「犀川広域基幹河川事業」と辰巳ダム建設費用とあわせて400億円である。仮に、過去の治水事業費が現在の事業費に比べて小さいものとして除外し、400億円を分母として費用対効果を計算すると、

3000億円÷400億円=7.5倍

となる。これでも費用対効果が非常に高い。
本章では分母の費用が過小に見積もられていることを説明したが、分子の効果3千億円が妥当なものであるかどうかについて、次章で吟味する。

5.「石川県の回答」と「費用対効果の分子の誤謬」

市民と石川県が辰巳ダムに関して行った「第4回意見交換会」(1999.6.19開催)で、石川県は市民側に、「効果3千億円」について説明した。市民側の質問と石川県の回答はつぎのとおりである。
市民側の質問:
「辰巳ダムの治水効果=3千億円」という結論がどのように導き出されるのか、想定氾濫区域、各地点における浸水の深さ、資産価格、被害率等々、具体的に詳しく御説明ください。
石川県の回答:
A.再評価時点での被害額については、国勢調査地域メッシュ統計(財団法人統計情報研究開発センター作成。平成7年度国勢調査資料)を用い、以下の項目別に積み上げています。
(ア)一般資産
一般資産については、家屋延べ床面積、世帯数、事業所従業員及び農漁家戸数を抽出し、試算すると約1,900億円となります。
一般資産の被害額については、資産額に対して被害率を乗じて算出すると、約360億円となります。
【参考】・家屋及び農漁家 約90万m2、約12,000世帯
・従業員数 約16,000人
(イ)農作物資産
農作物については、田畑面積を抽出して試算すると、約16億円となります。農作物の被害額については、資産額に対して、被害率を乗じて算出すると、約5億円となります。
【参考】・田畑面積 約900ha
(ウ)公共土木農業用施設等被害額
公共土木農業用施設については、積み上げにより資産を算出しています。被害額を算出すると、約140億円となります。
【参考】・道路/橋梁 ・農地 ・農業用施設 ・JR ・NTT ・電力 ・河川
(エ)営業停止損失
営業停止損失についても公共土木農業施設被害の算出と同様に、一般資産被害額に定率0.06を乗じて約80億円となります。
(オ)間接的被害
間接的被害についても同様に、一般資産被害額と公共土木農業用施設被害額の総計に試算率0.177を乗じて約650億円となります。
年平均被害軽減額の算出方法については、
@ 辰巳ダム計画では、確率別の被害額を辰巳ダムがある場合とない場合で求め、確率別被害軽減額として被害額の差を算出します。
A 各確率間の被害軽減額の平均を算出し、各々の確率差に乗じて、確率差間の平均被害軽減額を算出する。各確率差間の平均被害軽減額の合計を想定年平均被害軽減額として算出します。
算出された年平均被害軽減額は、辰巳ダムがある場合とない場合との差によるものであり、辰巳ダムのみの効果が約140億円となります。
B この間のダムの維持費が反対に嵩むことから、年平均被害軽減額から年間維持管理費(50百万円)を差し引いたものが年間当たりのダムの効果となります。
C 一定期間に得られるトータルの効果をダム建設時点の費用と同一時点の価値で評価できるよう現在価値化(資本還元)したものをダムの効果としています。
この現在価値化の方法は複利年金現価方式によるものであり、ダムの効果は

        想定年平均被害軽減期待額 ― 年間維持管理費
 ダムの効果=―――――――――――――――――――――――――――
               資本還元率

ここで、ダムの場合、資本還元率は0.0464であります。
以上のことからダムの効果は約3,000億円となります。

 と回答している。そして、この被害額算定の根拠の一つである「想定氾濫区域図」(図1)をつぎのように示している。

分析の結果、分子である効果3千億円は、2つの誤謬(厳密に言えば、一つは誤謬であるが、一つは実際のデータが県側にあり筆者が確認しておらず完全に否定できないため誤謬とは言えず限りなく誤謬に近い疑問である。)のために著しく大きな数値となっていることがわかる。
@ 想定氾濫区域の誤謬
A 被害金額の過大見積り

5.1 想定氾濫区域の誤謬
石川県の示した「想定氾濫区域図」を一瞥すると、明らか誤りを見つけることができる。犀川の左岸、右岸(上流から下流を望んで右岸、左岸という。)の両方が氾濫区域として想定されている。これは、石川県が辰巳ダムの根拠として説明してきた理由と相反する。つまり、犀川大橋地点の流下能力が1,230m3/sに制約されているので、これ以上の洪水を調節するために辰巳ダムを造ることにしているはずである。辰巳ダムがなければ、1,230m3/s以上の洪水は犀川大橋地点で溢れることになる。地形上、左岸側は寺町台地が迫っているのでほとんど氾濫せず、右岸側の片町方面へ氾濫し、低地の駅西方面へと流れて行くはずである。左岸側の高畠地区や伏見川の合流地点から下流の左岸などに氾濫するはずがない。繰り返して説明すると、犀川大橋地点の川幅で制約されて下流へは1,230m3/sしか流れず、犀川大橋地点の下流では河川の流下能力以内に抑えられるので洪水が堤防を超えて氾濫することはないはずである。したがって、県の作成した「想定氾濫区域」は誤りである。右岸側だけが氾濫することになると、被害面積は半減するので、被害額も半減することになるのではないか?

5.2 被害金額の過大見積り
 つぎに、被害金額の見積りはどうであろうか。県の算定した被害額を総計すると以下のようになる。
(ア)一般資産  1,300億円
(イ)農作物資産  4億円
(ウ)公共土木農業用施設等被害額  2,400億円
(エ)営業停止損失  80億円
(オ)間接的被害  650億円
 総計で4,434億円となる。

まず、全体の54%を占める「公共土木農業用施設等被害額」に着目して調べることにしよう。「建設省砂防技術基準(案)」の「治水事業の経済効果の把握」の項で「現実に発生した水害に対し、治水事業が果たした被害軽減の効果を把握しておくよう努める必要がある。」と解説しているように、実際の被害を把握することは不可欠のことでもある。そこで、近年、新潟市と金沢市で大きな水害が発生したので、この実際の被害額と辰巳ダム計画の被害想定額と比較してみよう。

北陸中日新聞 1998年12月19日 北国新聞 1998年10月29日

平成10年8月4日未明から、新潟県北部は梅雨前線の影響で激しい雷雨に見舞われた。新潟地方気象台での一日の雨量は265mmに達し、観測史上最大を記録した。1時間雨量も97mmを記録した。新潟市を中心に浸水被害は1万5千戸におよんだ。また、金沢市では、平成10年9月22日夕に、台風7号が直撃し、1日雨量143mm、1時間雨量44mmを記録した。金沢市内では、伏見川などの河川が決壊して大きな被害をもたらした。
各水害の被害額と辰巳ダム計画の被害推定額を表1に示す。

被害額は、新潟豪雨の場合、439億円(うち、公共土木農業用施設等被害額353億円)、台風7号による金沢市の場合、42億円(うち、公共土木農業用施設等被害額42億円)となっている。辰巳ダム計画の公共土木農業用施設等被害額2,400億円の突出ぶりが目立つ。これは新潟豪雨の被害額の5倍以上である。犀川流域(256km2)の面積が新潟県全域面積(12,582km2)の50分の1に過ぎないにもかかわらずである。
また、被害想定総額4,434億円をもとに算定された、辰巳ダムによる想定年平均被害軽減期待額は140億円である。犀川の下流域で年平均で140億円の被害が少なくなると言うことである。それでは、実際の水害被害はどれだけであろうか。犀川流域での水害被害統計が見あたらないので、石川県全体の水害被害額を、建設省河川局の「水害統計」を調べると、昭和62年から平成6年までの8年間の平均の水害被害額は46億円にしかすぎない(表2)。石川県全体(4,185km2)での被害額である! 辰巳ダム被害想定額を過大見積りは、誰の目にも明らかであろう。

 結局、分母を過小に見積り(治水費用を辰巳ダムに限定!)、分子を過大に見積もった(想定氾濫面積の誤謬と被害額の過大見積り!)ために、劣悪プロジェクトを超優良プロジェクトと誤認したわけである。
 劣悪プロジェクトといっても効果があるのであれば、救いもあるであろう。ところが、ここに大きな問題がある。次章では、石川県が想定する降雨が発生した場合、1兆円の被害が発生する!という問題について説明する。


6.辰巳ダムは役に立たない!

 結論から言おう。辰巳ダムは役に立たない!つまり、効果は3千億円どころか、ゼロである。なぜなら、県は効果があると考えているのは、犀川の外水(がいすい)のみを考えているからである。外水とは、河川の堤防内を流れる水のことである。これに対して、内水(ないすい)は住居側の水路を流れる水のことである。石川県は二級河川である「犀川」を流れる外水のコントロールについて責任をもち、内水については、金沢市が責任をもつ。石川県が外水についてのみ、検討するのは道理である。しかし、住民にとっては、外水による被害であろうが、内水による被害であろうが、洪水被害は洪水被害である。石川県が想定した条件(時間87mmの降雨が金沢市全域に降る!)では、伏見川、浅野川が氾濫する上、内水が全市的に氾濫する(内水対策は50mm/hrを目標としているが、予算の制約もあり、実現はいつのことかわからない?)。つまり、県の主張のように辰巳ダムが犀川大橋地点で氾濫に効果があるとする場合においても、県が想定した降雨が発生した場合、全市的に1兆円(犀川流域だけでなく全市的に氾濫するので、県の見積り3千億円の数倍の被害)の大被害が発生することになる。
なぜ、治水のために事業をしても大被害が想定されるのか。そもそも、県の想定自体が、実際のデータにもとづいておらず、県が勝手にねつ造したものであり、まさしく奇想天外なものである。この点については、筆者が別冊で指摘しているので説明を省略する。
したがって、辰巳ダムは治水のために役に立たない。効果は3千億円どころか、ゼロである。
  このような類似の事業が全国で行われているとすれば、治水事業とは一体、何であろうか。治水事業はすべて止めた方がよいと言ったら、みなさんはどう思われるでしょうか。筆者は、将来への提言として、国民負担を軽減するためにすべての治水事業を止めた方がよいと考える。その理由は、次章で説明する。



7.治水事業はすべて止めた方がよい!

 わが国は戦後50年を経て、莫大な治水事業を実施してきた。筆者は、当然のことながら、治水事業は次第に非効率的な事業となってきたのだろうと想像していたが、実際の洪水被害額を調べてみると、想像以上である。非効率といっても人命にかかわることであれば、やむ得ない面もあると考えられるが、その点についても問題はないのであろうか。「人命は何にも代え難いものであるから、今後も治水事業の重要性は変わることなく、一層、推進して行かねばならない」と治水事業を推進する人たちが、しばしば口にすることであるが、果たして本当であろうか?
治水事業ではこれ以上、人的被害を削減できない!
建設省河川局の「水害統計」によると、人的被害はつぎのとおりである。
 1950年代の10年間(1950-1959)では、年間の死者・行方不明者 313-5,565人で平均1,700人であった。その後、
 1980年代の10年間(1980-1989)では、年間の死者・行方不明者 23-503人で平均130人に減少している。
交通事故の年間死亡者数が約1万人前後であることと比較すると、非常に少なく、治水事業のような物理的な方法で、これ以上の削減は無理であろう。また、降雨情報をかなり正確に知ることができるようになったため、あらかじめ、避難することで人命を失うことも著しく少なくなってきている。その上に、近年は、「水害統計」死者・行方不明者の多くが土砂崩れなどの災害によるもので、洪水被害による死者は少ない。つまり、このデータからダムや堤防などの治水事業が洪水による人的被害を軽減するという理由にはならないことは明らかである。人命尊重のために、これ以上、莫大な費用をかけて治水事業をやる必然性はないといえる。
治水事業は止めた方が国民の負担するコストが少ない!
建設省河川局の「水害統計」から、毎年の全国の治水事業費と水害被害額を比べてみよう。昭和62年から平成6年までの8年間の推移を表3に示す。

毎年、国民が負担している治水のためのコストは、1兆8千億円であるのに対して、水害被害額は6千億円と3分の1にしか過ぎない。治水事業は止めて、発生した水害被害を補償した方が著しく安価である。その上に、治水事業に携わる役人が不要となるので人員削減にもつながり、国民負担が軽減されることになる。

 これでもみなさんは治水事業を続けた方がよいと考えられるでしょうか?



 

 

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