一般公開講演会
「トンレサップ湖〜アンコール文明をはぐくんだ湖、そしてカンボジアの命」

日時:2002/11/2(土) 13:30〜16:30
会場:金沢市立泉野図書館 2階オアシスホール
主催:トンレサップ湖国際調査隊「トンレサップ21計画」(科学研究費「海外学術調査」)
後援:金沢大学、岩手大学、東北大学、カンボジア王国鉱工業エネルギー省、ニュージーランド地質原子核研究所
講演者:石澤良昭(上智大学教授、アンコール遺跡研究の権威)塚脇真二(金沢大学助教授、堆積学)シエン・ソタム(カンボジア王国鉱工業エネルギー省資源局地質部)マイルデンホール・ダラス(ニュージーランド地質原子核研究所主任研究員、花粉層位学)大河原正文(岩手大学助教授、粘土鉱物学)

講演会の様子とスライド

内容の概要:
 カンボジア(東にベトナム,西にタイ)のトンレサップ湖の生い立ちをさぐる最初の調査「トンレサップ96」に引き続き、湖の誕生から現在までの歴史を探る国際学術調査「トンレサップ21」の成果の一部を紹介する講演会である。約7600年前に誕生し、当初は小さないくつかの点在した湖であったが、海水面が上昇して海岸線が後退した時期(日本では「縄文海進」と呼ばれる海面上昇が見られた。)、約5500年前にメコン河の水が流れ込んだため巨大な湖となった。
 トンレサップ湖は、国土のほぼ中央に位置する。面積は乾期2,300km2、雨期10,000km2〜15,000km2と約5倍以上の変化をする。カンボジアの国土は、18.1万km2で日本の約半分である。したがって、雨期には国土の約1割弱の面積を占める。石川県(4,200km2)が3つ収まる。雨季となる、6月中旬から10月上旬にかけて約100日間、メコン河から水が逆流して巨大な湖となる。水深は1mから9mになる。自然の洪水である。土地を肥沃にする。大量の魚を生産する。1haあたり200kg以上の収穫があり、世界で最も豊かな湖である。カンボジアの人々(1,100万人)の1年間に消費するタンパク質の7割を供給する。12月、水位が低下したときに、河口で魚を一網打尽にする。この魚を約1年、塩漬けにして発酵させた魚のペースト(プラホック)を作る。日本の味噌に相当する食品である。
 インドから文化を取り入れた。石盤に書かれたアンコール時代の文字を1930年頃から解読できるようになった。
 ヒンドゥー教の世界屈指の寺院がアンコール・ワットである。寺院の東西に大きな貯水池がある。東バライは、7km×1.88kmの人工の貯水池である。優秀なかんがい技術がアンコール王朝の特徴。バイヨンは、仏教寺院である。従来、ヒンドゥー教集団と仏教集団とは協調していると考えられていた。ところが、石澤良昭教授らとカンボジアの遺跡発掘チームは偶然、首の刎ねられた大量の仏像を発掘した。13世紀ころに宗教間の抗争があったのではないか、その後、アンコール王朝は滅亡するが抗争も一因ではないかと推測されている。
 調査は湖の泥を採取することから始められる。湖の底に堆積した泥は、径6cm、長さ4mのパイプを差し込んで取り上げる。5月には湖の中央部で水深70cm程度になるので、人力でパイプを差し込み、引き上げる。
 調査の結果、5,500年前に、湖を取り巻く大きな環境変化があることがわかった。湖は乾期、1m未満と浅い。普通、その湖は存亡の危機に瀕していることを意味する。ところが、5,500年間、1年間に0.09mmしか堆積が進んでいない、極めて安定した湖であることがわかった。メコン河から濁った水が流入するが、ほとんど堆積しないという。
 トンレサップ湖の恵みはメコン河に大きく依存しており、「メコン河総合開発」の影響が懸念されるところである。今のところ、メコン河の上流にダム群を築造するなどの「メコン河総合開発」の動きは流域各国の思惑の相違から、急速に進むという状況にはない。

感想:
 最初の「96」調査で成果があがったので、各方面の専門家を拡充して「21」調査が継続されたようである。成果ならびに国際交流の成功例である。
 調査風景を見ても少ない予算で大きな成果をあげた、費用対効率のよいプロジェクトと感じた。塩ビ管のパイプを押し込んで泥の採取する様子も、国内での土質調査では見られない風景である。現在の日本では、専門の土質ボーリング業者が特殊な機械とチームを駆使して土質の採取を行う。海外の場合、土質試料の採取だけでも何千万円もかかる世界だろうと想像する。さすが、実務肌の研究者で簡単な工夫で効果的な調査を実施していると感じた。
 1970年代から30年近く続いた、カンボジア内戦が終結し、カンボジアは国造り、人づくりの時代である。カンボジア人自身の手で国造りを担うため、そのための人材を養成する手伝いをするという日本の援助方針とも合致し、日本チームとカンボジアチームとの息も合っているようである。カンボジアの内戦終結の際にも珍しく、欧米に互して日本は大きな役割を果たしたが、その後も順調に援助が回転しているということであろう。
                                                                                       平成14年11月2日
                                                                                           中 登史紀

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