「読書」:要点と感想
『安全な水道水の供給―小規模水道の改善―』
(Safe Water from Every Tap)
Improving Water Service to Small Communities, National Research Council
(財)水道技術研究センター訳(A5版222頁)




本書の特徴:
米国調査研究評議会(National Research Council)によって任命された水道専門家で組織された委員会が執筆した冊子である。
米国の水道事業は、分散、独立した形で行われており、全米の水道事業体5万8千のうち、5万4千が供給人口1万人以下である。小規模水道では1人あたりの費用負担が大きいにもかかわらず、一般的に水質基準の達成に苦労している。小規模水道が長期にわたって水質基準を達成できるように、財政、技術、経営の基盤を確立できることが求められている。このような要求に対応する戦略の作成のために、本書が利用されている。

要点:
米国においては、小規模水道は大規模水道の2倍以上も連邦政府の定める水質基準に適合していない。しかも小規模水道は、その給水サービスを改善するだけの経済的余裕がない。本書は水質基準に適合できないことのリスクを考察し、給水サービスの改善方策を検討し、小規模水道の抱える問題を
●各種浄水処理技術
●持続的かつ健全に経営できる組織
●運転から管理業務に至る総合的なオペレーターの養成・研修制度
の3つに絞って解決策を提案している。
低コストの浄水処理技術を提供すること
小規模水道の財政基盤を強化するために必要な組織体制を整備すること
小規模水道オペレーターに対する研修プログラムを、水道の維持管理と経営に関するすべての内容を網羅するものに改善すること

・水質の問題で浄水処理技術的解決を考える前に、良い水源を見つけること、表流水から地下水に切り替えるとか、井戸の揚水層をきれいな帯水層に変えるとか、地下水源が表流水源より有利である。濁度や微生物汚染が少ない。

・「きわめて小規模」な水道(500人程度以下)、例えば、数十人規模の水道では、浄水場で処理するよりも、POUやPOEの方が安くつく。

・POUやPOEは、各家庭に個人用井戸を持つ集落では、新たに配水管をひいて維持管理するよりもかなりコストが安くなる可能性がある。

・1974年、連邦議会でSDWAが通過。すべての水道事業がMCL(maximum contaminant levels;最大許容汚染濃度)に適合する水の供給を義務づけた。
・1986年、改正。U.S.EPAが83の汚染物質についてMCLを設定。
・1991年から3年ごとに25物質ずつ規制の対象にしていくことになった。揮発性有機化学物質、無機化学物質、ウィルス、寄生虫
・1996年、SDWAの大改正。3年ごとに25物質ずつ規制の対象に加えていくという考え方が取りやめになり、住民の健康への影響の程度、水質事故発生の頻度、その物質のリスクの程度などを勘案して規制すべき物質を決めるという考え方が採用された。
・SRF(state revolving fund)が認められ、施設改造のための補助制度が創設された。
・SDWAは、大きく2つの汚染物質、微生物と化学物質を規制している。U.S.EPAの調査では、特に、給水人口500人以下の水道は、これらの規制への対応は難しいと報告されている。
・水系感染症―感染したヒトや家畜の排泄物から水源に侵入した微生物によって引き起こされる感染症―は、水源の保全や水処理によって、先進国ではおおむね消滅している。
・つい最近まで、微生物汚染よりは化学物質汚染の方が重要だと考えていたが、1993年のミルウォーキーでの事件で水系感染症の危険が全国的な関心を集めることとなった。約40万人の住民がクリプトスポリジウムによる下痢症状を起こした。
・クリプトスポリジウム、ジアルジアは消毒剤に耐性を持つ微生物である。

・水系感染症対策として、「multiple barrier;複合対策」という手法をとってきた。
●清浄な水源の確保
●地下水、表流水の生活排水、農業、産業からの汚染防止
●適切な浄水処理
●浄水場システムの適切な運転と監視
●配水池や管網などの配水施設での汚染防止

・歴史的に見て、浄水処理技術の設計は、微生物学的汚染物質と濁度を除去することを主眼としてきた。微生物学的汚染物質は、健康問題と直接に関係しているため中核的な関心事である。濁度は、嫌な味がするとか見た目が悪いとかいう理由からだけでなく、糞便性粒子が微生物の生育を促し、土壌性粒子がそれに吸着された殺虫剤や農薬を伝搬するという理由から、関心の対象となっている。

・Conventional技術:広く利用されていて、実務的技術者やオペレーターにとって馴染みが深い技術
Accepted技術:他の分野で開発されて浄水分野に応用されたものである。Conventional技術ほど広く用いられていない。
・Emerging技術:既存水道には適用されていないが、近い将来受け入れられる可能性が大いにあるもの。

・飲料水の消毒に使用される化学消毒剤は、遊離塩素、クロラミン、オゾン、二酸化塩素である。オゾンが表流水の消毒に使用されれば、そのオゾンが複雑な有機化合物を、バルテリアの食料源となる小さな分子量の有機物または分子の断片に分解することになる。したがってオゾンは、水の生物学的不安定さを増し、配水システムでのバクテリア増殖を促進する可能性がある。生物学的不安定性を解決するひとつの方法は生物ろ過を用いることである。

・遊離塩素、総塩素(遊離と結合)、オゾンの残留消毒剤の分析は、分析キットや分光光度計で簡単にできる。二酸化塩素とその分解物質、塩素酸と亜塩素酸の残留濃度の測定は、少し難しいので、小規模水道では無理だろう。

・温度も消毒効果に影響を及ぼすので、水温を監視する必要がある。適切な消毒のために必要なCT値は、水温が下がるとともに増加する。水温が10℃下がるごとに、微生物の消毒に対する抵抗力が2〜3倍になるという実験結果に基づいている。

・遊離塩素を消毒剤とする場合、その消毒効果はpHが上昇するとともに下がる。したがって、遊離塩素の場合、消毒中の水のpHを監視することが重要である。U.S.EPAの遊離塩素のCT値は、水のpHに応じて定めれている。

・新しいD/DBP(Disinfection/Disinfectant Byproducts; 消毒/消毒副生成物)規則は、小規模水道にも適用される。トリハロメタン(THMs)に、ハロ酢酸(HAAs)が加えられる。地下水を水源とする水道よりは、表流水を水源とする小規模水道でより大きな問題となるだろう。表流水は、消毒剤を混ぜると消毒副生成物をつくる天然起源の有機物をより多く含んでいる可能性があるからである。

・小規模水道における腐食防止対策のひとつは、石灰接触槽の設置である。アルカリ度やpHを高めるために薬品を注入するのではなく、pHの低い、腐蝕性のある水を石灰石層の上に流す。水が石灰石の炭酸カルシウムを溶かし、アルカリ度とpHを上げる。この方法の利点は、溶解によって薬品が加えられるため、注入機が誤動作した時のように過剰に供給されることがないことである。

・膜ろ過システムは、MWCO(nominal molecular weight cutoff;公称排除限界分子量)によって、精密ろ過(microfiltration;MF)、限界ろ過(ultrafiltration;UF)、ナノろ過(nanofiltration;NF)に分類される。
膜ろ過設備には、スケールメリットというものはない。すなわち、プラント設備を小さくしても、処理能力あたりの建設コストはそれほど増えない。前処理の必要のない良好な地下水を水源にしている水道にとっては、膜処理は建設が比較的容易である。注入ポンプ、洗浄ポンプ、膜モジュールといくつかの貯水槽ぐらいで構成できるからである。在来処理法が複雑化するに従い、小規模水道で膜ろ過はもっと使われるだろう。通常ろ過技術より安い。


・逆浸透法は膜ろ過とは異なる。逆浸透膜は、非孔質である。膜内での水の移動は、水が連続的に膜に溶けていき、膜内を拡散しながらろ液側にでていく。膜は、ほとんどの溶解イオンと分子を捕捉するので、ミネラル濃度の非常に低いろ過水が得られる。原水の25〜50%もの多量の濃縮液が発生する。作動圧が大きい。ろ過液はミネラル分が除去されているので腐蝕性がきわめて強い。スケールメリットがなく、小規模水道にも適している。エネルギー消費量が大きい。

・ED(electrodialysis)、EDR(electrodialysis reversal)は塩分を含んだ水を水源とする小規模水道に適している。

・PAC(Powdered activated carbon;粉末活性炭)
・GAC(Granular activated carbon;粒状活性炭)
・DE(diatomaceous earth; 珪藻土)ろ過は、濁質の除去に使用される。凝集剤は用いられない。ろ過は、支持版の上に形成されるDEケーキ(プリコートと呼ばれる)にDEが混じった原水(ボディフィード)を供給する。ジアルジアシストやクリプトスポリジウムオーシストの除去に有効である。

緩速ろ過
原水を砂ろ層に低速度で通し(一般には0.4m/h以下)、物理的、生物的方法で粒子を大幅に除去するもの
 ろ過水の貯留設備は、緩速ろ過ではつぎの2つの理由から不可欠である。まず第一に、生態系形成の重要性から、ろ過前に塩素消毒を使うのは不適当なので、ろ過後に消毒接触時間を満足するための貯留槽が必要である。つぎに、需要と供給を均一化するために貯留設備が必要である。緩速ろ過は、できれば一定流量で運転されるべきで、需要に応じて流量を頻繁に変動させるべきではない。非常に小規模なプラントでは、消毒接触時間と需給均一化のための貯留容量の合計は、ほぼ1日分の容量が必要となる。
Cleasbyは、前処理なしの緩速ろ過に適した原水水質として、つぎのガイドラインを推奨している。
・濁度:5NTU未満
・藻類:季節的な大きな繁殖がない。クロロフィルaが5μg/l未満。
・鉄:0.3mg/l未満。
・マンガン:0.05mg/l未満。
 水温の低い水に対しては、微生物除去の効果はあまり期待できない。水温が下がると、ろ層内の生物活性が低下するからである。こうしたことから、約10℃以下の水温の場合は、緩速ろ過の設計は、かなり安全側にするべきである。すなわち、冬季においては、設計ろ過速度は、0.12〜0.17m/h(2.9〜4.1m/日)程度に設定すべきである。
 緩速ろ過では、損失水頭が徐々に増加して、最後はろ層を再生しなければならなくなる。再生ろ層から水を排水し、砂層の上部1.2〜2.5cmをかき取ることで行われる。100m2あたり、約5時間。15〜30cmの補砂(resanding)は、100m2あたり、2〜2.5日間。
適切な原水を用いた場合、表流水を水源とする小規模下水道には最適な方法である。

SCADAシステム(supervisory control and automatic data acquisition)
1つもしくはそれ以上の中心となる場所があって、そこと複数の遠隔地の無人現場とがオンラインで結ばれている。中心の場所には、通常、常勤のスタッフがいる。常に遠隔の現場を監視し、監視制御盤から運転を調整したり、必要に応じて遠隔現場に人を派遣したりする。このような高度なシステムでは、遠隔操作で現場の情報を集め、法令に基づく報告書や業務管理報告書などの業務を集中化することができる。同様に、個別顧客の検針結果を料金請求に利用することもできる。

・地下水を水源とする小規模水道では、浄水処理技術の選定に影響ある最も一般的な汚染物質は、硝酸性窒素、フッ素、揮発性有機化学物質である。硝酸性窒素やフッ素は、イオン交換、ED/EDRで減らすことができる。揮発性有機化学物質は、エアレーションで水中から飛散させることができる。他の有機化学物質は、粒状ないし粉状活性炭への吸着で処理できる。

・表流水を水源とする小規模水道では、導入すべき浄水処理技術は、表流水にろ過と消毒を義務づけるSTWRによって決まる。表流水の様々な問題に最もよく対応できるのは、膜ろ過であろう。膜ろ過は、微生物と消毒副生成物を生成する有機物を同時に除去できる。逆浸透の場合には、無機物まで除去できる。緩速ろ過も、表流水の水質が良い場合には適当な処理方法である。

・「きわめて小規模」な水道(給水人口500人以下)では、他のすべての対策がコスト的に高い場合、浄水場から給水しないで、POUやPOEを個々の家庭に導入する方法も検討対象となる。しかしその場合、POUとPOEの維持管理と規制適合の責任は、個々の家庭でなく、水道事業者側が持つ必要がある。POUの場合、維持管理のために各家庭の敷地内に立ち入らなくてはならないことや、一つの蛇口だけにしかつけないことから、水質問題の長期的解決策としては、適切ではない。

・ボトル水の配布は、飲料水として適切な水質の水を供給する短期的な方法としては可能である。しかし、配布が困難であること、利用者に水道の蛇口の水を飲まないようにさせることが難しいことから、長期的な解決策としては適切ではない。

・緩速ろ過を計画する場合、同じ原水を処理している施設がなければ、パイロット試験が常に必要である。試験計画や試験材料のリストは、Leland and Logsdon(1991)によって作成されている。緩速ろ過のパイロット試験施設は、長期間(1年間)にわたって運転されるが、その手間は大したことはない。損失水頭、流速、水温および毎日の濁度のチェック、ならびに週1回か2回大腸菌群試験の試料を採取する程度である。

感想・ポイント:
日本では地方自治体が資金調達の面で苦労することはほとんどない。政府が全部面倒見てくるからである。技術的にも同様である。施設は施設指針に基づいて計画すればよい。仮に地方自治体に負担の大きいものであっても、建設/維持管理両面において手厚い支援を受けることができたので、高度な施設を整備することについての障害はほとんどなかった。機能的で経済的に安価な施設の提供ということを強調されるが、あまり成果がないようであった。したがって、本書のような、本当の意味での水道技術の提供に役立つ、小規模な水道技術図書は少なかった。今後は、財政的に窮迫してきた日本でも、あるいは日本が途上国援助をする際に役立つだろう。
                    平成13年10月20日
中 登史紀

参考
POU(point-of-use): 蛇口単位に取り付けられる浄水器
POE(point-of-entry): 蛇口単位ではなく、家屋単位あるいはビル単位に設置される浄水設備
NSF(National Sanitation Foundation): 全米衛生財団、家庭用浄水器の認証を実施している期間
NDWC(National Drinking Water Clearinghouse): 全米飲料水情報センター
RESULTS(Registry of Equipment Suppliers of Treatment Technologies for Small Systems):
SDWA(Safe Drinking Water Act)
DE珪藻土
selection of the purest sources of water
protection of both ground and surface water sources from municipal, agricultural, and industrial pollution
appropriate treatment of drinking water
effective operation and monitoring of drinking water treatment facilities
prevention of contamination during the storage and distribution of treated water

トップページへ戻る